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良い設備・良い指導者・良い環境下

我がクラブでは、常に野球の上達を目指すクラブ員を募集 しております。 現時点で野球の上手・下手は関係なくとにかく野球を好きな選手を歓迎します。
近代硬式野球は、英才教育の一環であり、良質なクラブの選択のポイントは、上記の3条件を満たす当クラブは、今年で創部52周年を迎え伝統と実績を評価され、2002年6月に神奈川県知事よりNPO法人格の認証を取得しました。今年で創立52周年を迎える歴史を有する名門クラブです。名門クラブでありながら、常に先進性に富んだ精神でクラブ運営を行っています。
少年野球の関係者の皆さん、 学童選手の皆さん。近代的な中学生硬式野球クラブへ入会し野球を通じて高度な人間形成を目指しましょう。選手育成のため、年間公式戦42試合を計画し、3年生は11月まで公式戦に出場できます。
専用球場を確保して技術レベルに分けてきめ細かい指導を行っております。選手の健康管理と個別メニューを作成し、高校、大学、社会人野球、プロ野球で活躍できる身体の育成を担っております。

【専用球場の保有】
横浜旭ベースボールクラブは、準公認球場に匹敵する専用グランドを保有しております。(両翼91m)

NPO法人横浜旭ベースボールクラブとは

NPO横浜旭ベースボールクラブは、昭和43年(1968年)4月に横浜市旭区で小学生硬式野球クラブとして産声をあげました。 その後、昭和48年 (1973年) 10月10日新たに中学生硬式野球クラブとして再スタートし、創立以来、52年間にわたり中学生を対象に硬式野球を指導して参りました。
わがクラブは、義務教育のお子さまをお預かりしている限り学業優先を基本としております。したがって、練習および試合は毎週土曜日・日曜日および祝祭日に行います。 しかし、クラブ員全員が夏のヤングリーグ選手権大会(全日本少年硬式野球選手権大会)出場を最大の目標にしておりますので、週末の貴重な練習に耐えるべく、 毎日少しの時間でも自主的にトレーニングを行うことを勧めております。 学業をおろそかにすることなく、「全国レベル」の野球を目指して日夜努力し、 文武両道の優れた人材を育成することを目標に今日に至っております。
さらに、野球の指導を通じて、感性豊かな野球選手の育成、国際感覚を身につけた野球選手の育成、そして、子ども達の健全育成に寄与することともに、 社会体育の一翼を担うことを目的として、平成14年(2002年)6月に神奈川県下の中学生硬式野球クラブとして初めて特定非営利法人(NPO法人)の認証を取得いたしました。 これからも、新しい時代の流れに素早く対応し、常に中学生硬式野球クラブの公の機関として、また、誰もが気軽に硬式野球の面白さ、楽しさ、難しさ、 そして厳しさを経験していただく場として、時代と共に進化していくクラブであり続けます。

 

近代野球は英才教育の一環。

横浜旭の強み

クラブの利点

 

横浜旭の利点はこれだ!

  • 当クラブはNPO法人格でありスポーツ振興の助成金が得られ海外親善交流を行い国際感覚を身に付けることができる。(海外遠征実績:5回アメリカ合衆国サンディエゴ市のチームを受け入れ2回サンディエゴ市へ海外遠征。
  • 年間ヤングリーグ連盟本部主管の全国大会レベルの大会が5回
  • 中学生は一番実力を発揮する事が出来る時期、中学生対象のヤングリーグ公式戦が毎年12月まで開催
  • 当クラブは神奈川県で最初に神奈川県知事の認証を取得した公認団体「法人格団体」である。
  • 選手全員平等に練習メニューを消化する
  • ヤングリーグ主催大会が年間60試合程度あり、これらの大会に出場出来る
  • 公認スポーツ指導員の資格保持者が指導を行い、野球は英才教育の一環として指導を実施

選手心得

 

横浜旭クラブ員の自覚

  1. 一に安全、二に技術の精神を基に何の行動も起こさなければ何も得る物は無いの精神をクラブの座右の銘とする
  2. 野球を始めた時の精神を常に尊重して、闘争心を持ち感性豊かな選手になるよう努力する
  3. 自分の出来ることは100%の力を出しNPO法人横浜旭ベースボールクラブに在籍するプライドを持ち行動を実施する。
  4. 何事にも自分で考え1日1回自分で満足できる行動を取る
  5. 硬式野球の厳しさを自覚し、野球を楽しみ勝つ楽しさを味わい、考える野球を志す
  6. ヤングリーグ全国選手権決勝戦に進出して全日本中学生野球選手権大会に出場する事を目標に定める
  7. 創立53周年を迎えるNPO法人横浜旭ベースボールクラブの先輩達が築き上げた伝統と実績を重んじ、先輩達の実績を乗り越える努力をする
  8. チームメイトに対し思いやりの気持ちを持つと共に礼儀正しい野球選手として品位を身に付ける
  9. 練習日・試合日には休まない。但し学校行事、病気、家庭の慶弔行事を除く
  10. 国際ルール、国際感覚、マナーを身に付ける

クラブ説明会随時実施中

 

入部希望者へ

硬式野球に興味のある方、または野球が大好きなお子さんがいるご父兄様、是非一度当クラブにお立ちよりください。
毎週土・日曜日のAM9:00~PM2:30までの時間帯でしたら何時でも構いません、お待ち致しております。尚、大会や遠征へ出ている場合もありますので、 事前にスケジュールをご確認ください。
ご不明の点は、ご遠慮なくお問合わせ下さい。

沿 革

横浜旭ヤングベースボールクラブの歴史:

当クラブの創立は、52年前の1968年(昭和43年)4月10日、小学生対象の硬式野球クラブの創設に遡り、横浜市旭区希望が丘周辺を基盤に、5年間で300名近い小学生の球児を預かり硬式野球に携わった。
このような状況下で、少年野球(学童)を終えて、中学の硬式野球に挑戦したい野球少年が多数存在し、中学生硬式野球クラブの設立を熱望された野球関係者が激増した。
この要望に応えるべく、1973年(昭和48年)10月10日に念願の中学生硬式野球クラブを設立した。
設立と同時に、旭リトルシニア野球協会の名で日本リトルシニア野球協会、南関東支部に登録した。
リトルシニア野球協会、南関東支部に19年間在籍して、旭シニア野球協会の名で何度も全国大会に出場して活躍した(現在の旭シニア野球協会とは当クラブは無関係です)。
その後、中学生硬式野球界は刻々と国際化が進み、他リーグとの交流禁止から交流解禁の流れが芽生え、我がクラブはその先端を走る爲、リトルシニア野球協会、南関東支部に19年間在籍した古巣を脱退して、全日本少年硬式野球連盟、ヤングリーグ関東支部(現東関東支部及び現西支部の前身)を設立した。
関東地区の野球関係者を東京六本木の国際文化会館に招待して盛大にヤングリーグ関東支部設立記念式典を開催した。
ヤングリーグ東日本ブロックの基盤を誕生させ、中学生硬式野球関係者から注目を得た。
ヤングリーグはジャイアンツカップが誕生する以前から他リーグとの交流を推奨して来た。
一方、1975年(昭和50年)8月に専用球場の必要性のもと、元在日米海軍横須賀基地勤務の司令官、マコービック氏に嘆願して、現在の旧在日米海軍深谷通信所跡地に専用球場を設立して、当時、ウイーク デエィ(Week Day)は米軍の兵隊さんがソフトボールゲームの球場として使用し、土曜日、日曜日及び祝日は当クラブが専用に使用する協定を結び今日に至っている。
当時は在日米海軍の軍人さんの家庭の中学生を毎年5~6名が当クラブ員として在籍して国際的な環境下でクラブ運営をしてきた。

  1. 1993年(平成5年)7月29日から8月11日迄の日程で横浜市の一番古い姉妹都市、米国サン デイエゴ市(SanDeigo City)に第1回目の海外遠征を実現した。
    米国の中学生硬式野球の練習法、練習量及び指導法等を習得し、選手は米国の家庭に招かれ1週間のホームスティ(Homestay)を経験した。
    野球のみならず生活様式や文化生活の面で親善交流を実現した。
    時を同じくして、サン ディエゴ(San Deigo City)のジャック・マフィー・スタジアム(サンデエゴ・パドレスのホームグランド)で開催していた、世界少年野球大会開催の爲にサンデイゴに滞在中の王貞治先生(国民栄誉賞受賞、現ソフトバンク球団取締役会長・終身GM)に招待されて、ジャック・ マフィース・タジアムのオール天然芝の上で、王貞治先生と野球の国際交流の話が出来た事は当クラブの財産と思い在籍するクラブ員に伝授している。

  2. 1995年(平成7年)8月22日に米国サンディエゴ市のチーム(Team USA San Diego)を横浜市へ招待し、我が専用球場で野球親善交流を行い、米国の選手を我がクラブ員の家庭へ2名単位でオームスティして、日本の風俗習慣と文化及び食文化等について意見交換交流を実施した。
    8月24日及び25日に開催された、第1回全国少年硬式野球中学生チャンピオン大会に当クラブが出場する機会に米国サンディエゴ市のチームTeam USA San Diego) を引き連れて兵庫県西宮球場へ乗り込みヤングリーグ本部の協力を得て、チャンピオン大会に出場した8チームと米国サンデイエゴ市のチーム(Team USA San Diego)との野球親善エキジビジョンゲームを実現に成功した。当時、日刊スポーツ新聞の紙面を飾った。
    その後、当クラブは連続して中学生の甲子園大会、西宮球場で開催されたチャンピオン大会に連続5回出場した。

  3. 1988年(昭和63年)10月10日にクラブ創立20周年と第20回卒団式の記念として、当クラブが主催の中学生硬式野球大会を保土ヶ谷球場で主管開催した。
    大会名を元プロ野球選手、金田留広氏に依頼して、大会の冠をプロ野球界の大御所で大投手の金田正一先生の名をお借りして、金田正一杯争奪中学生硬式野球大会と命名した。
    開会式には、当時、横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベースターズの前身)の四番打者、松原誠選手ご夫妻が開会式に参列していただき祝辞を頂戴した。
    第1回記念大会は優勝が春日井ボーイズ、準優勝が我が横浜旭で第三位が厚木米海軍野球少年クラブであった。
    当クラブは第1回大会から第5回大会まで準優勝及び第三位の入賞を記録したが優勝は出来なかった。

  4. 4) 1998年(平成10年)には将来、高校、大学で活躍する選手を育成する当クラブの指導法が注目されて、月刊ベースボールクリニック12月号に当クラブ選手育成法が高く評価された。

  5. 1998年(平成10年)11月、第10回金田正一杯争奪中学生硬式野球大会記念大会は決勝戦で諏訪ドリームと接戦に接戦の展開で 5 VS 4 で競り勝ち、本間監督率いる当クラブが初優勝を飾った。

  6. 1999年(平成11年)11月、第11回金田正一杯の大会の冠を金田正一杯から元プロ野球選手、投手で169勝を記録した高橋直樹先生の冠をお借りして、当クラブの横浜旭が卒団記念大会(第11回高橋直樹杯争奪中学生硬式野球大会)と大会名を変更し、継続する事となった。

  7. 2002年(平成14年)6月には、地域社会との交流、海外交流の推奨、会計の透明性、財務基盤の健全化等が充実している中学生硬式野球クラブとして初めて神奈川県下で特定非営利活動法人の認証を得た。

  8. 2002年(平成18年)11月、第14回高橋直樹杯争奪中学生硬式野球大会で順調に決勝戦まで駒を進め、ヤングリーグ東東海支部の強豪、東海スラッガーズと対戦して、最終回まで 3 VS 3 で迎えた7回裏、当クラブの攻撃で打順は8番、9番、1番と続き、先頭打者が四球で出塁し、9番に代打を出し、送りバンドで1アウト2塁として、1番打者がレフトオーバーのクリーンヒットでさよなら勝ちして、保土ヶ谷球場が大歓声で包まれて、第14回高橋直樹杯争奪中学生硬式野球大会は当クラブの横浜旭が劇的な優勝を成し遂げた、本間監督は選手一人々々と握手して目に涙した、光景が記憶に焼き付く大会であった。

  9. 2005年(平成17年)春季関東支部大会で優勝、又6月に開催された夏季選手権大会関東支部予選で優勝し、ヤングリーグ選手権大会に出場。
    同年7月30日から8月8日迄の日程で米国サンデイゴ市へ第2回目の海外遠征を実施。

  10. 2006年(平成18年)関東支部予選を突破して、夏季選手権大会に出場。選手権大会でベスト8入りを果たし、さらに11月に開催された、関東支部上位2チームと中部地区上位2チームの計4チームで行われた、全日本秋季大会東日本ブロックで優勝して、ヤングリーグ、ブロックの優勝者が出場できる、1年間の集大成である、ヤングリーグ・グランドチャンピオン大会に出場。
    丁度ヤングリーグ・グランドチャンピオン大会の開催日と我がクラブ主催の第18回高橋直樹杯争奪中学生硬式大会を県立相模原球場開催する日と重複して、選手監督と一部の父兄だけでグランドチャンピオンに出向いた。

  11. 2010年(平成22年)1月24日、ヤングリーグ関東支部が支部拡張の爲、当クラブの広田理事推奨のもとで、3支部に分割、西関東支部(神奈川、山梨、長野、静岡)と東関東支部(東京、千葉、埼玉、茨城)東北陸支部(栃木、福島、山形)に分割された。

  12. 2011年(平成23年)8月2日から8月6日の日程で米国サンディエゴ市のチーム (Team USA San Diego)のチームを横浜市へ招待して、横浜市の林市長を表敬訪問して横浜市とSan Diego City との姉妹都市の親善交流を実現し、滞在中、中学生の日米文化交流と意見交換会等を開催して野球親善交流を実施した。

  13. 2013年(平成25年)当横浜旭が主管開催してきた高橋直樹杯争奪中学生硬式野球大会は少子化時代に突入で選手の減少及び父母の共働き等が重なり、1 クラブで大会運営するのが困難と判断して、大会運営をヤングリーグ東日本ブロックの管轄の大会に委ねた。

アクセス(球場所在地)

横浜市泉区和泉町7976「旧在日米海軍深谷通信所内 第2球場」

 

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